論語といえば歴史的な書物。
名言の宝庫だが、数も多いので一度整理してみようと思う。
自分は本を読んでいて気になるページがあったら、ページの角を折るようにしている。
論語を読み返したときに、ページの角が折れていた中からさらに厳選した、自分にとっての名言をまとめてみた。
この27選を見て、相当な感銘を受けたならば、かなり自分と感性が近いかもしれない。。
ちなみに27という数字は適当に厳選したので特に意味は無い。
構成は以下の通り
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通番
書き下し文
訳文
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巻第一 学而第一 十六
子の曰わく、人の己れを知らざることを患えず、人を知らざることを患う。
先生がいわれた、「人が自分を知ってくれないことを気にかけないで、人を知らないことを気にかけることだ」
巻第一 為政第二 十一
子の曰わく、故きを温めて新しきを知る、以って師と為るべし。
先生がいわれた、「古いことに習熟してさらに新しいこともわけまえてゆくなら、人の師となれる。」
巻第一 為政第二 十二
子の曰わく、君子は器ならず。
先生がいわれた、「君子は器ものではない。(その働きは限定されていなくて自由である。)」
巻第一 為政第二 十四
子の曰わく、君子は周して比せず、小人は比して周せず。
先生がいわれた、「君子はひろく親しんで一部の人におもねることはないが、小人は一部でおもねりあってひろく親しまない。」
巻第二 里仁第四 十六
子の曰わく、君子は義に喩り、小人は利に喩る。
先生がいわれた、「君子は正義に明るく、小人は利益に明るい。」
巻第二 里仁第四 二十二
子の曰わく、古者、言をこれ出ださざるは、躬の逮ばざるを恥じてなり。
先生がいわれた、「昔の人がことばを軽々しく口にしなかったのは、実践がそれに追いつけないことを恥じたからだ。」
巻第二 里仁第四 二十五
子の曰わく、徳は孤ならず。必ず隣あり。
先生がいわれた、「道徳のある者は孤立しない。きっと親しいなかまができる。」
巻第三 雍也第六 二十九
子の曰わく、中庸の徳たるや、其れ至れるかな。民鮮なきこと久し。
先生がいわれた、「中庸の道徳としての価値は、いかにも最上だね。だが、人民のあいだにとぼしくなってから久しいことだ。」
巻第四 述而第七 二十四
子、四つを以て教う。文、行、忠、信。
先生は四つのことを教えられた。読書と実践と誠実と信義である。
巻第四 泰伯第八 八
子の曰わく、詩に興こり、礼に立ち、楽に成る。
先生がいわれた、「人間の教養は詩によってふるいたち、礼によって安定し、音楽によって完成する。」
巻第五 子罕第九 四
子、四を絶つ。意なく、必なく、固なく、我なし。
先生は四つのことを絶たれた。勝手な心を持たず、無理おしをせず、執着をせず、我を張らない。
巻第五 子罕第九 十七
子、川の上に在りて曰わく、逝く者は斯くの如きか。昼夜を舎めず。
先生が川のほとりでいわれた、「すぎゆくものはこの流れのようであろうか。昼も夜も休まない。」
巻第五 子罕第九 二十六
子の曰わく、三軍も師を奪うべきなり。匹夫も志しを奪うべからざるなり。
先生がいわれた、「大軍でも、その総大将を奪い取ることはできるが、一人の男でも、その志しを奪い取ることはできない。」
巻第七 子路第十三 二十三
子の曰わく、君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。
先生がいわれた、「君子は人と調和するが雷同はしない。小人は雷同するが調和はしない。」
巻第七 子路第十三 二十七
子の曰わく、剛毅木訥、仁に近し。
先生がいわれた、「まっ正直で勇敢で質実で寡黙なのは、仁徳に近い。」
巻第七 憲問第十四 五
子の曰わく、徳ある者は必らず言あり。言ある者は必らずしも徳あらず。仁者は必らず勇あり。勇者は必らずしも仁あらず。
先生がいわれた、「徳のある人にはきっとよいことばがあるが、よいことばのある人に徳があるとは限らない。仁の人にはきっと勇気があるが、勇敢な人に仁があるとは限らない。」
巻第七 憲問第十四 八
子の曰わく、これを愛して能く労すること勿からんや。忠にして能く誨うること勿からんや。
先生がいわれた、「人を愛するからにははげまさないでおれようか。人に誠実であるからには教えないでおれようか。」
巻第七 憲問第十四 二十一
子の曰わく、其の言にこれ怍じざれば、則ちこれを為すこと難し。
先生がいわれた、「自分のことばに恥じを知らないようでは、それを実行するのはむつかしい。(ことばは慎んでこそ、それを実行できる。)」
巻第七 憲問第十四 二十五
子の曰わく、古えの学者は己れの為めにし、今の学者は人の為めにす。
先生がいわれた、「むかしの学んだ人は自分の教養のためにした。このごろの学ぶ人は人に知られたいためにする。」
巻第七 憲問第十四 三十二
子の曰わく、人の己れを知らざることを患えず、己れの能なきを患う。
先生がいわれた、「人が自分を知ってくれないことを気にかけないで、自分に才能のないことを気にかけることだ。」
巻第八 衛霊公第十五 十五
子の曰わく、躬自ら厚くして、薄く人を責むれば、則ち怨みに遠ざかる。
先生がいわれた、「われとわが身に深く責めて、人を責めるのをゆるくしていけば、怨みごと(怨んだり怨まれたり)から離れるものだ。」
巻第八 衛霊公第十五 二十一
子の曰わく、君子は諸れを己れに求む。小人は諸れを人に求む。
先生がいわれた、「君子は自分に(反省して)求めるが、小人は他人に求める。」
巻第八 衛霊公第十五 二十二
子の曰わく、君子は矜にして争わず、群して党せず。
先生がいわれた、「君子は謹厳だが争わない、大勢といても党派をくまない。」
巻第八 衛霊公第十五 二十三
子の曰わく、君子は言を以て人を挙げず、人を以て言を廃せず。
先生がいわれた、「君子はことばによって(立派なことをいったからといって)人を抜擢せず、また人によって(性格が悪いからなどといって)ことばをすてることはしない。」
巻第九 陽貨第十七 六
子張、仁を孔子に問う。孔子の曰わく、能く五つの者を天下に行うを仁と為す。これを請い問う。曰わく、恭寛信敏恵なり。恭なれば則ち侮られず、寛なれば則ち衆を得、信なれば則ち人任じ、敏なれば則ち功あり、恵なれば則ち以て人を使うに足る。
子張が仁のことを孔子におたずねした。孔子はいわれた、「五つのことを世界じゅうに行なうことができたら、仁といえるね。」進んでさらにおたずねすると、「恭しいことと寛なことと信のあることと機敏なことと恵み深いことだ。恭しければ侮られず、寛であれば人望が得られ、信があれば人から頼りにされ、機敏であれば仕事ができ、恵み深ければうまく人が使えるものだ。」
巻第九 陽貨第十七 二十四
子責問いて曰わく、君子も亦た悪むこと有りや。子の曰わく、悪むこと有り。人の悪を称する者を悪む。下に居て上を訕る者を悪む。勇にして礼なき者を悪む。果敢にして窒がる者を悪む。曰わく、賜や亦た悪むこと有りや。儌めて以て知と為す者を悪む。不孫にして以て勇と為す者を悪む。訏きて以て直と為す者を悪む。
子責がおたずねしていった、「君子でもやはり憎むことがありましょうか。」先生はいわれた、「憎むことがある。他人の悪いところを言いたてる者を憎み、下位に居りながら上の人をけなす者を憎み、勇ましいばかりで礼儀のない者を憎み、きっぱりしているが道理の分からない者を憎む。」「賜(子貢)よ、お前にも憎むことがあるか。」「(他人の意を)かすめ取ってそれを智だとしている者を憎みますし、傲慢でいてそれを勇だとしている者を憎みますし、(他人の隠しごとを)あばきたててそれをまっ直ぐなことだとしている者を憎みます。」
巻第十 子張第十九 九
子夏が曰わく、君子に三変あり。これを望めば儼然たり、これに即けば温なり、其の言を聴けば厲し。
子夏がいった、「君子には三種の変化がある。離れて見るとおごそかで、そばによるとおだやかで、そのことばを聞くときびしい。」